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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)190号 判決

原告 鴨下英策

被告 立川税務署長

訴訟代理人 森脇勝 外四名

主文

被告が昭和四三年二月一五日付で原告の昭和三九年分所得税についてした更正処分は総所得金額七九七万七、九四〇円をこえる限度において、過少申告加算税賦課決定は右総所得金額を基礎として算出した税額をこえる限度においてそれぞれ取り消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が昭和四三年二月一五日付で原告の昭和三九年分所得税についてした更正処分および過少申告加算税賦課決定は総所得金額七九四万三、六八九円をこえる限度において取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告主張の請求原因

原告は、その代表取締役になつている三和電気計器製作所株式会社の多摩中央信用金庫に対する根抵当権付当座貸越契約による債務の連帯保証人であつたので、昭和三九年九月一四日所有に係る昭島市大神町字亨保新田九二六の二五ほか六筆の宅地、工場等を株式会社三和計器製作所に代金三、七六〇万円で譲渡し、その譲渡収入より前記保証債務八九六万三、〇四一円の履行をなし、三和電気に対して同額の求償権を取得するに至つたが、同社の資産状態からみて、右求償権のうち後に記載する一八八万五、〇六一円を除いた七〇七万七、九八〇円は行使不可能であつたので、旧所得税法(昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前のもの。以下同じ。)一〇条の六第二項の規定に従い、右行使不能の金額を前記譲渡収入より控除して、譲渡収入三、〇七二万二、〇二〇円、取得価格等一、四三四万一、七一三円(但し、一、四〇二万三、二一一円が正当)、特別控除額一五万円、譲渡所得八三三万六、六一八円(但し、八一一万五、一五三円が正当)と算定したうえで、昭和三九年分所得税につき、営業所得欠損三七八万六、九〇三円、配当所得四二万四、八〇〇円、不動産所得二七四万三、一七四円、給与所得二二万六、〇〇〇円、譲渡所得八三三万六、六一八円、総所得金額七九四万三、六八九円(但し、七九一万八、六八九円が正当である)、税額二八八万六、五五〇円、過少申告加算税一、二五〇円と再修正申告したところ、被告は、旧所得税法一〇条の六第二項の規定の適用を否定し、昭和四三年二月一五日付で、総所得金額を一、一五一万六、九三〇円、税額を四七二万五、五〇〇円と更正するとともに、過少申告加算税九万一、九〇〇円の賦課決定(以上の更正処分と賦課決定をあわせて本件課税処分という。)をした。

しかし、三和電気は、昭和三八年四月倒産し、長期にわたる労働争議の末従業員が全員退職して休業中であり、国分寺市東恋ケ窪二丁目三〇番七(旧表示同市恋ケ窪一、〇六九)所在の工場倉庫以外には資産のみるべきものがなく、しかも、これらの建物には債権額一〇〇万円の抵当権が設定されており、その敷地も、原告の妻英子が実家の父尾崎英太郎より賃借りし、三和電気がこれを英子より無償で借り受けて使用しているものであり、さらに、同社は、原告に対して一八八万五、〇六一円(求償債務八九六万三、〇四一円のうち三和電気の税務会計上繰越欠損金額を超過するため「私財提供認定損」として処理できなかつた部分)の債務と、田中喜之助に対して約八〇万円の債務を負担しているのであるから、原告の三和電気に対する右求償権は、少なくともそのうちの七〇七万七、九八〇円の限度において、行使不能の状態にあり、旧所得税法一〇条の六第二項の規定の適用を受けうるものというべく、その適用を否定してなされた本件課税処分は、違法たるを免かれない。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実中、原告がその主張のように保証債務を履行し、三和電気計器製作所株式会社に対して求償権を取得したこと、仮りに、求償権を取得したとしても、三和電気が工場等の建物を所有するためその敷地を使用している関係が賃借権ではなく、総じて同社に対する原告の求償権の行使が不可能であつたことは、否認するが、その余の主張事実は、すべて認める。

三和電気は、所論七〇七万七、九八〇円につき「私財提供認定損」としての会計処理をしており、原告自身も本人尋問において右金額は「私財提供ということで自分の金を三和電気に出した」旨供述しているのであるから、提供者たる原告は、被提供者たる三和電気に対して右金員の贈与又は同額の債務の免除をしたものというべく、したがつて、原告が三和電気に対して求償権を取得するいわれはない。

また、仮りに、原告がその主張のごとく三和電気に対して求償権を取得したとしても、同社が前叙のごとく私財提供認定損との会計処理をしていることからみても明らかなように、原告は、右求償権を放棄(債務免除)したものというべく、また百歩を譲り、求償権を放棄していないとしても、三和電気は、国分寺市東恋ケ窪二丁目三〇番七の土地四二五・六一平方メートル(約一二八・七五坪)を尾崎英太郎より賃借りし、地上に原告主張の建物を所有し、同建物の一部を昭和四〇年四月以降月二万円の賃料で有限会社鴨下電子研究所に賃貸し、少なくとも七〇七万七、九八〇円の限度の求償権に見合う資産を有しているのであるから、その求償権の行使が不可能な状態にあるものとはいえず、旧所得税法一〇条の六第二項の規定の適用を受けうることを前提とする原告の本訴請求は、その理由がないというべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

本件課税処分の経緯が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

旧所得税法一〇条の六第二項は、「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、当該履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたときは、その行使することができないこととなつた部分の金額を、当該資産の譲渡による収入金額のうち回収することができないこととなつた部分の金額とみなして、その回収することができないこととなつた部分に対応する所得の金額は、当該所得の生じた年分のこれらの所得の計算上、なかつたものとみなす。」と規定しているところ、原告が三和電気計器製作所株式会社の多摩中央信用金庫に対する債務の連帯保証人であり、昭和三九年九月一四日その所有に係る昭島市大神町字亨保新田九二六の二五ほか六筆の宅地、工場等を株式会社三和計器製作所に代金三、七六〇万円で譲渡したことは、いずれも、原告の認めて争わないところであり、成立に争いのない甲第七号証、第八号証の一ないし三、証人宅野仰の証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告が前叙のように昭島市所在の不動産を譲渡したのは、前記保証債務を履行するためであり、現に同年一〇月九日その譲渡収入三、七六〇万円より該保証債務八九六万三、〇四一円の支払いを了していることを認めることができる。もつとも、成立に争いのない甲第六号証によると、被告主張のとおり、三和電気においては原告より七〇七万七、九八〇円の私財提供を受けて繰越欠損金の填補をした旨の会計処理をしていることを認めることができるが、かかる事実は、ただそれだけでは右認定を妨げる資料とはなりえず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。したがつて、原告は、右保証債務を履行するために資産を譲渡し、当該履行に伴い三和電気に対して八九六万三、〇四一円の求償権を取得したものというべく、しかも、旧所得税法一〇条の六第二項の規定は、前叙のごとく、保証債務を履行するために資産を譲渡した者がその履行によつて取得した求償権を行使することができなくなつた場合における所得の計算の特例を定めたものであるから、求償権を行使することができない場合であれば、行使できないことを理由に求償権を放棄したときであつても、同条の適用があるものと解すべきである。それ故、被告主張のごとく原告が三和電気に対する求償権を放棄したかどうかを審究するまでもなく、本件については旧所得税法一〇条の六第二項の規定が適用されるものというべきである。

ところで、同条項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」とは、主たる債務者において破産宣告・和議等の手続開始を受け、あるいは、失踪、事業の閉鎖、刑の執行等により、債務超過の状態が相当期間継続し、衰微した事業を再興する公算がたたない等の事情が生じ、求償権の全部又は一部の回収の見込みのないことが確実になつた場合をさすものと解するのが相当であるところ、三和電気が昭和三八年四月倒産したこと、同社は国分寺市東恋ケ窪二丁目三〇番七に床面積一〇五・七八平方メートルの平家建工場と倉庫等の付属建物を所有しているが、これらの建物には債権額一〇〇万円の抵当権が設定されていること、三和電気が昭和四〇年四月以降右工場等の建物を賃料月二万円で他に賃貸しており、他方田中喜之助に対して約八〇万円の債務を負担していることは、当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第二号証、甲第四ないし第六号証、乙第二号証、証人尾崎幸男、宅野仰の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、電気計器の製造業を始めるため、昭和二八年一二月妻英子の実家の父尾崎英太郎より国分寺市東恋ケ窪二丁目三〇番七の土地一、四二八平方メートルを期間二〇年、賃料年三万六、〇〇〇円の約で賃借りし、翌二九年一二月三和電気を設立して自ら同社の代表取締役となり、三和電気が昭和三一年五月原告より右土地を無償で借り受けて、その上に前記建物を建築したが、その後も右土地全部の賃料は、原告が支払い、三和電気において尾崎英太郎、同人死亡後その相続人たる尾崎幸男に対してはもとより原告に対しても右土地の賃料を支払つた事実のないこと、三和電気は昭和三五、六年ころから債務超過の状態が続き、機械類等の換金可能な動産類は、従業員が持ち出しあるいは公売に付されたため殆んど現存しておらず、右建物敷地の使用権も、原告において三和電気の再興の見込みがたたないため前記賃貸借契約を更新する意思はなく、現に右土地の返還に備えて建物の一部を収去している有様であるので、近い将来消滅する命運にあることを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかして、これらの認定事実によれば、三和電気は、債務超過の状態が相当期間継続して、事業再興の公算がたたず、資産のみるべきものもほとんどなく、工場等の建物やその敷地の使用権の交換価値が経済的にみて絶無であるとはいえないにしても、また、三和電気が右工場等の建物を昭和四〇年四月以降賃料月二万円で他に賃貸していることを考慮しても、他方、同社が田中喜之助に対して約八〇万円の債務を負担していることに思いを致せば、原告の三和電気に対する求償権八九六万三、〇四一円は、少なくとも原告がその再修正申告の所得の計算上なかつたものとみなした七〇七万七、九八〇円の限度において、その行使ができないと認めるのが相当である。

されば、譲渡収入が三、七六〇万円、取得価額等が一、四〇二万三、二一一円、特別控除額が一五万円であり、また、事業所得が欠損三七八万六、九〇三円、配当所得が四二万四、八〇〇円、不動産所得が二七四万三、一七四円、給与所得が二二万六、〇〇〇円であることについても当事者間に争いがないから、原告の昭和三九年分の総所得金額を旧所得税法所定の算式によつて算出すると、七九七万七、九四〇円となること計算上明らかである。

よつて、原告の本訴請求は、総所得金額七九七万七、九四〇円をこえる部分の取消しを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の部分は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 横山長 竹田穣)

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